2003年09月20日(土)
ひさびさの・・・
人ひとりを見送るということ、それは、それぞれに色々な思いを抱いての毎日でした。 でも、日常は流れていきます。生活の中では、忘れている時間のほうが長いのですが、ふと、したときに、その姿を追っていることがあります。 それでも、時は流れていきます。
昨日、見ていたテレビの中で、とある大学の学長が、父親の話をしていて、途中からみたので、いきさつは分からなかったけれど、その人が若い頃に何か悪いことをして、それが父親の知れるところとなった時に、たぶん「怒鳴りつけ」たかったであろう父親がそれをぐっとがまんして「反省しているのなら、もう、いい」と言ったということを話していた。その学長は、自分の父親は、子どもが悪いことをしたとき、そのことについて、子どもがどれだけちゃんと反省しているかを見極める力、そして、自分の感情を抑える力があった人だと思うと話していた。
本当に、それが『親』というものだなぁと、つくづく思う。それが『大人』というものだと。
人の気持ちを推し量る、という話では、養老猛司さんが、やはり自分の父親の話をしていて、まだ、言葉も話せなかった、小さな自分が、父親の枕元に看護婦さんを呼ぶために置いてあった『がらがら』を見ていたら、その視線を追っただけで、小さかった自分にその説明をしてくれたという話をしていて、「人の気持ちを推し量ることのできた人だったですね」と言っていた。
人を見極める力。時を読む力。人の気持ちを推し量れる力。時代の先を読む力。そんなものが、だんだんそぎ落とされてきてしまっているのが、今の『大人』なのかもしれない。
今日の夕飯は、鶏ささみのサラダと、最近お気に入りの、スーパーで売っている、紅イモのコロッケ。
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