ki-koのお料理後日談

2002年06月05日(水)
お母さんに感謝

先日の朝日新聞の投書欄の所に、今年からひとり暮らしを始めた大学生が文章を載せていた。何もかも自分でやらなきゃぁ、なんなくて、大変と。食事はほとんどコンビニで買って済ましていて、掃除も、洗濯も大変だと、お母さんの有り難さが、とってもわかったと。自分は家にいる時、全く何もしなかった、で、お母さんに感謝しているという文章が載っていた。

上の娘と同じ歳。で、はたと思った。わが娘は残念ながら(苦笑)、そうは思わないだろうなぁと、その人と同じように、家にいる時はほとんど何もしていなかった。でも、ひとり暮しが大変だとか、言ってきた事は、全くない。食事を作るのも今の所楽しいらしく、お弁当まで持っていっているみたい。一日の食費を1000円で、あげることを、何かゲームでもするかのように、楽しそうにやっている。家にいた時には、部屋の掃除もあまりしてなくて(それでも、私の若い頃よりは、してたけどぉ・・・苦笑)、よく、祖母にしかられていた。それが、今は、とっても片付いているらしい。

私はそういう彼女が好き!お母さんの有り難さが...なんて、言ってるより、今の生活が充実してて、楽しい!と、生き生きしている彼女が、うれしい。たぶん、大変なこともいっぱいあるし、心細い事もいっぱい有るし、でも、彼女は周りの先輩や、お友達に、助けてもらいながら、楽しそうに、学生生活と一人暮しを楽しんでいる。うれしいかぎり!


今日の夕飯は、ごーやちゃんぷると、シュウマイと、サラダ。急に暑くなってきて、なんだか作る気がしないとか、食べる気がしないとかイイながら、それでも、出来上がると、いっぱい食べちゃってるぅ。こまったもんだ、また、ふとりはじめたぉぞ!




2002年06月06日(木)
輝く

先日下の娘を車で学校まで送っていった時に、学校の近くまで来た頃に、歩道を歩いている同じ学校の生徒さんたちを見ながら、「お母さん、私ってふつーの女子高生?」と聞く、「うん。ふつーの女子高生だよ」と答える。「どうしたら、キラキラ輝いている女子高生になれるかな?」と言うから。ちょっとまて、これは、上の娘じゃない、下の娘。人間の内面のことを言ってるんじゃぁ、ないだろうなぁ・・・。としばし考え「なんで?」と聞き返す。「逆立ちでもして歩こうかなぁ・・・」母「・・・・・・・・。」

その下の娘は今日は赤いサンダルを買ってもらって、上機嫌!

今日の夕飯は、おさしみちょっとと、下の娘が携帯でリクエストしてきた、冷しゃぶ。あとは、残り物。




2002年06月09日(日)
茶の湯

下の娘が学校の社会の研究で、茶道を取り上げると言う。「お母さんも、お茶を習っていたんだよね?」との問いから、ネットでの検索が始まる。
利休のことを調べはじめ、まとめはじめる娘の読み上げる文章を聞きながら、あの時代において、権力者への反骨精神の持ち主である、利休居士に思いを馳せて、秀吉をして、躙り口から迎え入れさせたその精神に、驚くと共に、えんえんとそれが明治の与謝野晶子へ受け継がれていく、堺の町衆の精神かと、思いはどんどん飛んでいく。

今日の夕飯は、兄のところからもらった、美味しいサーモンと、夏野菜のチーズ焼きと、牛肉のさっぱりトマトソースかけ=安いオーストラリアビーフも、なかなかの御馳走になったイッ品。




2002年06月11日(火)
蒸し暑い

なんとも蒸し暑い一日。朝から振り切れない雨が、時々、ぽつぽつと、ときどきは激しく。この蒸し暑さは温帯低気圧に変わった台風のしわざみたい。

こう暑いと思考回路もていし。

今日の夕飯は、肉うどん。




2002年06月12日(水)
肩凝りがひどい。本当にしびれるほどこっている。原因はお腹の調子が悪いから、って、わかってんだけどねぇ。夕べ夜中のつまみ食い(苦笑)。それで胃がわるくなって、肩がこる。原因があって結果がある。実に見事に。

実家の母の民間療法で少しらくになったけれど、やっぱり、肩凝りと、低気圧接近のせいで、いつもの頭痛。これもお決まり(苦笑)。

上の娘がいる間は、かなり体重を気にしていたので、なるべく揚げ物はやめていたけれど、どうしても揚げ物は簡単で美味しいので、ついつい。
ここのところ少し高くても、コレステロールを下げるとかいう油を1本買ってしまったので、それが終るまで、少し罪悪感なく、あげものをしてしまっている。
故に、今日の夕飯も、鶏の竜田揚げ。




2002年06月13日(木)
下手な言い訳

上の娘のマンションの管理会社がとてもいい加減で、最初から、かなり腹立たしい事があったのだけれど、やっぱりまた、いろいろでてきた。

家賃がカードによる引き落としとなると言う事で、いろんな事がまぎわにきまった中でも、特にいそがされて、その書類を書いておくらされた。ところが、5月から引き落としのはずの家賃が引き落とされてない。おかしいと思い、管理会社に電話をすると、
「届出印のところが不鮮明でもう一度印鑑を押し直してもらわないと、カードが発行できない」という。
「3月の末に送った書類が、5月の6日をすぎても、まだ、そんなことなの?」と、問いただすと、
「きっと、銀行(家は郵便局を指定したけどね)へ書類がいってから、つきかえされたのだと思う」という。で、
「5月分は振り込んでもらわないといけないけれど、6月分からは、カードができていれば、コンビニで支払いができるので、カード会社から、そのことを電話させる」という。
ここまでの話でも、何人も人が変わり、電話代は東京まで、こちら持ちのまま、話をすすめる。ふぅ、また、振り込み料がかかるのかと、ため息まじりに、印鑑の薄いのを送ったこっちのミスかぁと、諦めて、カード会社からの電話を待つ。カード会社に、
「どうして、3月末に出した書類が今ごろになって、印鑑が不鮮明みたいなことで、帰ってくるのか」と、問いただすと、
「ちょっとお待ち下さい、といって、調べて、こちらに書類のきたのは、4月29日付けです」という。
ふぅーーむ。いい加減な言い訳をいたなぁ...。と、また、腹が立つ。その後カードは無事発行されて、今度は当然引き落とされていると思っていたら、また、引き落とされてない。どういうことかと、今日、カード会社に電話をしたら(こっちは0120だったから)
「不動産やサンが、売り上げをあげてこないと(あげてきてないから)こちらからは、どうしようもない。」との回答。
なんじゃぁそりゃぁ、と、また、管理会社へ電話。書類の提出の不手際だとか、色々言い訳したあとで、7月分も引き落ちないと言い出す。いいかげん堪忍袋の緒がきれて、
「じゃぁ、振り込み手数料差し引いてふりこんでもいいですか?」と、言ってみる。そうしたら、
「上司とそうだんして、月曜日にご返事をします」とのこと。ふぅーである。
そこまでの、ごちゃごちゃした話も、ちょっとお待ち下さいと、何度も待たされ、電話代わ!!!と、本当に商売をしているのかと、疑いたくなる。

御立腹の今日の夕飯は、チキンステーキ<やすか。私はお弁当の残り。焼肉<パパ。聞こえはいいけど、ようするに、残り物そうざらえ。




2002年06月14日(金)
にわかサポーター

にわかサッカーサポーターとしては、今日の試合は、きっちり見ないとと思ってたのに、電話が掛かって来て、お仕事。2時半から、ちょっとだけ、ということなので、慌てて行って、ちょっとだけやって、家についたのが、試合が始まって20分くらい経った時。でも、なんとなく、動きがあまりぱっとしない試合で、いくら日本戦といえども、いまいちのれない。で、テレビを見ながら、つい、ウトウト<叱られるよなぁ・・・<サッカーファン!

まぁ、続きのテレビ見ながらもつい「おぉ!いいチャージ!」とか言っちゃって、やっぱり、にわかサポーターは、ばったもんで、いかんねぇ・・。

今日の夕飯は、冷中華。




2002年06月15日(土)
何にもない一日

今日は珍しくなーーーんも、ない一日だった。家事をひたすらやって、来週からの出稼ぎ労働に備える。

下の娘の水泳の時のゴーグルが壊れたので、新しいのを買いに、スポーツ用品店に。近くにある珍しい商品がわりと安く売っているお店(安いのは、飲食店向けの商品が多いので、量が多いってことでもある)に行って、冷凍のトルティーアを買う。ここくらいにか置いてないので、ここへ行くと必ず買う(苦笑)。その店においてあるイカスミの缶詰めはとても美味しいのでそれも、買う。

故に、今夜の夕飯は、タコス。




2002年06月16日(日)
朝から

今日は朝から、昨日の残りのタコスの具と、明太で、ピザを焼いて食べた。なかなか美味しい。

上の娘は自炊を結構楽しんでやっているみたいで、電話をかけたり、携帯メールで色々聞いてくる事はほとんど『食』にまつわる事。
それでも、そんなに苦もなく、お弁当も倹約の為に作っているっみたいで、それに、なにより、件約することをまるでゲームのような感覚で楽しんでやっているようで、ほんとうに救われる。一日1000円で食費をあげることが、目標と言っていたのが、最近は、5、600円でできるよ!と、言い出した。カボチャが1個100円で売っていたから、今日の夕飯はカボチャ!と、言う。をいをいかぼちゃだけかい?と聞くと、ほかにもあるよ!と楽しそうに話していた。なんともホットする瞬間。

今日の夕飯は、オムハヤシ<下の娘のリクエスト。




2002年06月17日(月)
真夜中の騒ぎ

最近、お互いの窓があいているせいかお向かいのお家の声が良く聞こえる。ま、我が家の声も聞こえているのだけれどね。
ここのところ、急に暑くなって来たためか、その下のお子さん(赤ちゃん)の夜泣きが続いている。子育てをしたことのある者は夜泣きをされるお母さんの気持ちが痛いほどわかるから、ちっとも苦にならない。でもほんと、お母さんは、ああやってたびたび起こされて、万年寝不足だよなぁと、思い返す。で、日中ついついヒステリィーを起こす、そろそろ言葉もわかっている赤ちゃんはきっと夜中にそれを思い出して、泣いてしまうのだろう、その悪循環のワをどこかで断ってあげたい。

夕べの夜中は赤ちゃんが、何度か泣いたあと、盛りのついた猫が二匹かなり激しく長い事奇声をはっしていて、それにつられて、お隣の犬が鳴き始めて、深夜パソコンをいぢっていた、私は、をうをうと思っていたら、急にオーディオの上に置いてあった、旦那の携帯のバイブがなりだして、どこから入って来たのか大きな蠅がとびはじめるという、真夜中の大騒ぎ!(苦書)

眠気もふっとんで、ひとり笑ってしまった。

夕飯は、牛丼と残り物。




2002年06月19日(水)
桜桃忌

上の娘からの電話で、考え込む。
英語のディスカッションの題に「父性と母性」という項目があるらしい。
日本語でさえ難しいのに。と。で、どう定義する?と聞いて来た。

電話口でふと考えて、ある図柄が浮かぶ、子どもを抱え込んでいる母親の姿と、その二人に背を向けて、外に向かって両手を横にあげてとうせんぼしている父親の姿。子どもを守るという体勢にその違いのイメージを浮かべてみた。でもそれは、母の立場を男性が、父の立場を女性がとっても、それはありだと思うと、付け加えて説明する。

彼女も半分納得して、でもそれでは何ゆえそれを母性と呼び父性と呼ぶのかと。
先日、フェミニズムの講演を聞いた後に、高校生の男の子が「重箱の隅をつつくようだ」と反論してきたサイトを彼女に紹介して、あなたの意見はときいた時、彼女はその高校生の意見は良く分ると、云った。自分の夫のことを主人と呼ぶ、そのことにこだわりを持つそのサイトの管理人(彼女が講演者)や私。それでは、父性母性と云う言葉に何ゆえこだわりを持たないのかと、彼女は言い寄る。
父性が男性にしかないもので、母性が女性にしか有りえないと規定するのなら、父性母性と云う言葉にもこだわりをもつけれど、父性的なもの、母性的なものと捕らえるなら、こだわらないと答えると、彼女には納得がいかなかったよう。付け加えて、斉藤学さんの父性(父親は)とは母性による親子密着を引き離すものとして書いていたと、それは、ある時期が来たら(生殖機能を持ちはじめ子どもは、もう親離れをする時期←説明し忘れた)、その子に対して「この女は俺の女だ!」と宣言する。それが父親の役目だと書いてあったと話した。この話には、彼女も「なるほどね」と感心をして聞いていた。

ディスカッションでどんな意見がでるのか、また、報告を聞くのが楽しみ。

今日の夕飯はナスの肉味噌炒め。




2002年06月20日(木)
睡眠

寝ることが辛いと云った人がいた。寝てる時って死んでる時と一緒だと思わない?って。まさにそんな思いがある。意志のある時間が愛おしい。それでも、寄る年並にはかなわず、だんだん寝ないでいる時間がへってくる気がする。

健全なる肉体に健全なる精神を持ち続けているためにも、ちゃんとした睡眠は、ちゃんとした食事と同じくらい価値があるのだろうけれど、どうしても、なおざりにしてしまう。それにしても、わがつれあいの良く寝る事。
信じられないくらいの睡眠時間。子ども並み、それ以上。
なんだか、見てて、もったいないと思わないのだろうかとか、でも、こうやってしっかり、睡眠をとっていると、長生きするのだろうなぁ・・・。なんてね。

今日の夕飯はドリアと残り物。




2002年06月21日(金)
仕事

エクセルの中の3000程のデータから300程抜き出して、修正して、アクセスに落としこむ作業。エクセルのデータの抜き出しだけで、結構な時間がかかってしまった。細かい作業。「目がつかれない?、目が痛くならない?」と良く聞かれる。でも、そう目が疲れるって感じはしない。感じてナイだけで、実際には、家に帰って新聞を読もうとすると、いつもより見づらくはある。でも、パソコンの画面はみんなが云う程私は疲れない。だから、7時間パソコンの画面とにらめっこで、ややこしい作業をして来ても、家に帰って来ても、また、パソコンの前に長時間すわっていられる(苦笑)。

1時〜8時の仕事がはじまると、ついつい、洗濯物をたたむ時間だとかアイロンをかける時間だとかが、取りにくくなる。って、いいわけで、きらいなものだけ後回し(苦笑)。

今日の夕飯は、先日「恵美子のおしゃべりクッキング」てやっていた、手羽元のレモン煮をやってみた、テレビでは、やきれんこんを加えていたけれど、今、れんこんはお高いので、家にあった里芋をいれてみた。なかなか美味しくできました。




2002年06月23日(日)
アジア

落ち込んでいる時、悲しい時のバックグランドミュージックはここ何年も、中島みゆきのアルバム「EAST ASIA」。黒い瞳と黒髪。したたかにしなやかに良く働くアジアの女たちというイメージが好き。そんなアジアの女に私もなりたい。

今日の夕飯は、昨日のやすかの日記のとおり、旦那のお友達のやってる、スリランカ料理やさんへ。おいしゅうございました。




2002年06月24日(月)
寒い

(25日の朝に書く)
寒い日。北の高気圧ががんばっているようで、梅雨寒というらしい。
友達のところの夕飯は「おでん」だったらしい。ほんとそういうものが欲しいと思ってしまうような日。北海道では雪が降ったとか、これって、「初雪」になるのか、最後の降雪になるのか、どっちなんだろうね。

子ども達に甘い親が多いような気がする。欲しがるからとか、子どもが言うからとかで、言いなりになっている。人の事を批判できるような立場じゃないけど、子どもの言う通りにやっても、別にいいと思うけれど、それをこんなになっちゃったって、愚痴るのは、どうかなぁ・・・。中学生の携帯所持の話を2件ほど聞いた。その2件が、すごい金額!。1万円をかなりオーバーした金額。怒ったように言いながら、その両方の家庭とも、別にそれで取り上げるとか、きつく叱ってるっていう風がない。結局親が支払い能力があるってことなんだろうけど・・・。我が家では考えられない。携帯ごときに、そんなお金なんてかけてやれない。

姑はかなり金銭感覚のしっかりした人で、孫かわいさばっかりで、お金をやるようなことは、絶対にしない人、その点はとっても助かった。彼女いわく「お金は価値がわかってから、あげるから」と。お誕生日と、お年玉以外はいっさいお小遣いは渡さなかった(その考えで、お菓子も考えてくれるといいがなぁと、子ども達が小さい頃はよく思ったけどね・苦笑<食べ物の価値が分ってから、お菓子)。私の実家の方は孫に小遣いをやれるほどの余裕はないので、そっちも心配がなかった。

そのせいか有り難い事に子ども達ふたりとも結構ちゃんと自分の優先順位を決めてお金を使っているように思う。何がいま欲しいではなくて、何が自分にとって今一番必要で、価値があるかと、考えているみたい。もう、そのへんは安心してまかせっぱなし。

欲しいものがあるからと、親のさいふから、お金を盗んで、手に入れたものにどれほどの喜びがあるのだろうか?と、ふと、考えてしまった。いえ、友達からかかってきた電話の話。

今日の夕飯は、チンゲンサイと豆腐の煮物。いつも、牛肉か、ホタテの貝柱、あるいは桜海老とか入れてみているけれど、昨日は、牛肉と椎茸をいれてみた。椎茸はなかなかよいです(笑)




2002年06月25日(火)
子どもネタ

毎度の子どもネタで。
子どもの事を誉めてかくのは読んでいても馬鹿馬鹿しいけれど、悪いところも、不満なところもいっぱいあっても、基本的に元気で本人さんが充実した毎日をおくっててくれればそれで満足なんで、どうしても、レベルが低かろうが、誉めてしまう。
ここのところ、芸術家の兄弟を育てたおかあさんだとか、いわゆる名をなした人のお母さんが、その子育て法とともに、クローズアップされている。ひと昔まえ(今は時間が早いから三昔前かな)までは、人が名を成した頃にはその母はもうすでにこの世にいないというのが、相場だったから、そんな取り上げられ方もしなかったのだけれど。どう考えても、どうひいきめにみても、すごい!って思う事より、結果論だよなぁ?と、おへそのまがっている私なんぞは、思ってしまう。ま、とりあげ方のほうに問題があるのだろうけれどね。

子どもが自立して自分の人生は自分の為にあるのだと、早い事自覚する方が親にとっては楽なことにちがいない。で、それをさせるためにあの手この手なんだろうけれど、我が家の上の娘の場合「その日」に思い当たる事がある。
小学校の2年生の時に、なにかの拍子に私が「お母さんはあんたが大きくなるまで生きてるって決まってるわけじゃないからね!」と、怒鳴った覚えがある。その時のなにやらとてもびっくりした顔とそれからの彼女の行動がイッペンしたことを覚えている。数年たって、その事を娘に聞いてみると、やっぱりはっきり覚えていて「お母さんが死んでしまっても、困らないようにしようと思った」と言っていた。丈夫なだけが取り柄で、たたき殺しても死にそうにはない私だけど、子どもの彼女はそうは思わなかったらしい。

その一言だけではないのだろうけれど、確実に自分の人生と、母の人生があるということのひとつの区切りが彼女の中で芽生えたと思う。

それからは楽だった勉強をしなさいだとか、ピアノの練習は?ということを毎度言わなくても、あなたの(自分の)ために考えて!といえば全ての事がすむようになった。
ま、下の娘にはそういう日はなかったけれど、上を見ているので、自然とそう思ってる節はアル。しかし、まだ、彼女はどこかで、「人」を喜ばせる事が好きなので、「人」のために生きている風がある。まぁ、これは、母である「私」にも言える事なので、ひとつには性格の問題でもあるのかと、思う。

今日は寒かったので、中華風のスープを用意して仕事にでかけた。帰って来て、かに玉を作った。なかなか美味しい!<日本ハムのアジアシリーズ
写真はバナナピザ。市販のピザ地にマヨネーズをぬって、その上に、スライスしたバナナトチーズをのせる<朝食メニュー




2002年06月27日(木)
ぼちぼち...

忙しくなって来て、機械(pc)が足らない。
エクセルで作られたデータをアクセスで作ってあるソフトに入れて変換させるのだけれど、アクセスのそのソフト自体にも、書き込みはできるわけで、他の人がそのソフトの前で長々とデータを入力されると、じつにこちらの仕事が捗らない(苦笑)。
パソコンを使えますというだけで、採用されるパートでも、その能力にははかりしれない程の差があって、ソフト自体の飲み込みの早い人、入力の早い人、その他に、入力となると、漢字を良く知ってる人(捜せる)、手際のいい人、すべてに正確な人。それぞれで、得意なところがあるといいのだけれど・・・。なかなかテストをしてみて採用する訳でない、人数さえ揃えばそれでいいみたいな、雇い主。ま、短期のしごとだから、結局最後に、仕事がはけていればいいわけかぁ・・・と、ため息。、しばし、こちらのイライラはつのる。

夕食は、キーマカレーを作っておいたのを、食べる。
翌朝のカレービザがまた美味しい!(笑)




2002年06月30日(日)
1位

またまた、こどもネタ。
上のむすめが、部活のスピーチコンテストで、1位になったという。
一年生11名くらいが出場してその中で、1位をもらったらしい。
キング牧師、だとか、ケネディだとか、マザーテレサだとかの、演説を覚えてそれを発表するのだそうだ。
彼女はキング牧師の演説を選んで、覚えて、先輩に聞いてもらって、発音を直したり、表現を工夫したりして、出場したらしい。
音楽科から部活に入ったのは、珍しいくらいのことで、親としても、英語の専門の学部もあるのだし、とうていついていけないだろうに、と思っていたのに、結構楽しんで、先輩方に可愛がられて、がんばっては、いたのは、知ってはいたけれど、それほどまでとは。と、感心してしまう(親ばかだけどね)。

娘いわく、今までもピアノを弾いていても、良く言われるのは、あれだけの楽譜をよく覚えられるね!と、感心されることが、わからないと、覚えるのはあたりまえのことで、そこから、どう曲を解釈し、どう、表現するかが、もんだいなんだけど、みんな、よく覚えられるね、まちがえないね、と。そこのところで、感心されてもなぁ・・・と。で、今回のスピーチコンテストのことでも、先輩たちにも、スピーチの覚えがはやいだとか、頑張って覚えたねとか、言ってもらえて、それはそれで、嬉しいのだけれど、そこからが、出発で、そこまでは、覚えて当たり前で、そこから、どう演説を、解釈し、表現するのか、問題だから、と、ピアノと同じと思ってやっただけだと。

でも、考えてみるとこれほど、すなおに、やったことの結果がでたのは、はじめてで、単純に嬉しいと話してた。

そだね、ピアノの世界はそうはさせてもらえないからねぇ(苦笑)。

ピアノの練習を一日十時間、それ、以上やってきたことが、すべたのことに、プラスになっている、娘を見て、ほんとうにがんばってきて、よかったね!といいたい。そのもの、そのことで、花開かなくても、きっと、いろんな場面でいい影響をあたえてくれれるね、これからも。

今日の夕飯は、しごとで、カレーだとか、ハヤシライスだとかがつづいたので、根菜の煮物と、ひじきの煮物と、鰺の開きと、しじみのお味噌汁。
写真は、お昼のお父さん手作りのそーめんパスタ。テレビで見たといって、作ってくれました。フジッコの昆布をオリーブオイルでもどして、トマトと大葉で、ゆでたそーめんにからめます。




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