Piping Hot


こどものきもち  2005.8/28


 

上の写真を見て気づいたこと。
この写真を撮る時、少しかがんだ憶えがある。なのに、この子たちの目線は明らかに上を見上げている。私は決して身長が高いわけではない、むしろ低い。それでもこの子たちにしてみれば”大きいお姉さん”なんだろうなァと思う。ほんの一瞬前までは、向こう側にいた気がするのに・・・。

この日は山下公園でジャグリングをしていました。ジャグリングと言ってもまさかピーター・フランク級のお手玉 ができるわけもなく、黙々とバルーンアートに力を入れていた。集中し出すと何もしゃべらくなり無言で風船の形を整えていると、一人の女の子が、後ろにお父さんを従えて一緒に近寄ってきた。

「おねぇちゃん、なにつくっているの?」

まるで後ろで囁く影武者パパのオウムのようダ。

「お花だよ。」

答えてから、(もしやこれが噂の‥)と、”バルーンアート→贈呈”の図が浮かんだので、すかさず「あそこに居るお兄ちゃん、上手に作ってくれるよ!」と、隣でディアボロ(中国齣)をくるくる練習中の相方にずる〜く振る。その場で作って「ハイっ」と渡せるほど、まだ手際よく作れないのだ。のろのろ花を一個作っているうちに、お兄さんはウサギを一羽ちゃちゃっと仕上げて渡した。

すると、その子よりもさらに小さい妹らしき女の子が、目を真っ赤に腫らしてやってきた。どうやらついさっきまで泣いていたらしい。自分の作る花が完成間近だったので(この子ならイケルかも!)と、またもや時間稼ぎに隣のお兄さんにウサギを作らせる。数秒後、お兄さんのウサギより前に私のお花が完成したので、その子の腕にはめた。

「ハイっ」 

初めて風船を渡した。そこへお母さんもやってきて、「良かったネ〜〜、そういう時、なんて言うの?」と言われ妹ちゃんは、

「アリガトぉ!」

と元気よく言った。

あの子たちの年の頃なんて、もう十数年も前のことだ。 でも、なぜかあの子たちの考えてる、思ってる事が、昨日のように分かる気がする。周りの大人たちを見る目線、不安を憶えたときの心細さ、何〜も考えてないようで確かに何か考えている、"自分"の中の誰か。

基本は、あの頃と同じだったりして。





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