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「みんなは認めないかもしれないけど、どんなに否定しても、あなたたちがアッパーミドルクラス(階級)である事は、否定できない。
だって、大学に通って勉強ができるんだから。」
うちの大学を卒業後アメリカに留学、その後日本の某国立大学の教授に就任、そして今や出張で世界をも飛び回る、まさに言葉通
りの”キャリアウーマン”。そんなワンダフル先生に言われてしまった、痛い一言。この授業は英文学科の課目で、黒人文学からみるアフリカ系アメリカ人のサヴァイヴァルの手法を見る、というのが本線で、文学と同じくらいプロテスト性を含んだブラックミュージックを聴いたり、時には先生の活動範疇であるフェミニズムの話も交えて講義して下さる。
この話は、いかにアフリカン・アメリカンたちの生活が、性と麻薬と犯罪と隣り合わせなところにあるか、という話をしている最中だった。私達は自分の意思で自分を守る事ができるし、安全な生活が、ある程度保証されてる。でも世の中にはそうじゃない人たちがたくさんいる。
そして、こう続けた。
「でも、世界には飢餓に苦しんだり、差別されたり、自分の性すら自由な意思で守れない人たちがいても、みんなはそれとは全く関係ない世界で、暮らしていける。それも事実。」
という言葉。
悲しかった。
何が悲しいって、何一つとして否定はできないって事が。
確かに、こうやって問題意識を持って議論する事もできれば、それを学問として勉強する事だってできる。けど、それは本当に、現実に苦しんでる人たちにとっては、相当優雅な事でしかなく、、偽善、とさえ写
るかもしれない。
結局私は、どんなにがんばったところで、ただの”おジョ−”である事には変わりないんだなぁ。。っていう現実を真っ向から突き付けられた気がする。
それに引き換え、いや、比べては失礼だが、アンジェリーナ・ジョリ−さんという人は、私と5つしか違わないのに、すごい人だ。方やハリウッド女優、そして方や国連の親善大使として、難民の救済援助にあたっている。彼女の書いた、難民キャンプでの調査を日記風に記した「思いは国境を越えて」という本を読んでいると、知ってたはずなのに「いったい何を知ってるの?」と自分に問いかけたくなるような凄まじい現状に、一瞬で暗い気持になる。序文だけでも、泣く。
でも、現実がどんなにひどくたって、それを「知る」努力は惜しんではいけないと思う。
「無関心」である事がどんな惨事を引き起こすか、それはTVを付ければ、新聞を手に取れば一目瞭然だもの。
この問題にまだ結論は書かない。
というより、今は書けない。
そんなの見つかってたら、全部捨てて、走り出してる。笑
さぁ、どうする。
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